市民国際プラザ

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平成29年度地域国際化ステップアップセミナー in SENDAI

ソーシャルビジネスを地域ブランドに、復興とSDGs

〜地元の強みを活かした持続可能なまちづくりと国際協力の輪〜

 

開催日:平成29922日(金)13:3017:00

会場:エル・ソーラ仙台 28階大研修室

参加者数:40名(自治体、地域国際化協会、その他/クレア職員・スタッフ含:52名)

 

■はじめに

昨今、自然環境、貧困、高齢者・障がい者の介護・福祉から子育て支援、まちづくりなど多種多様な社会課題が地域で顕在化しつつあります。更に社会課題の多様化・複雑化により自治体単独による解決およびボランティアの限界もあることから、NGO/NPOや企業などマルチステークホルダーが協力しビジネスの手法を活用して取り組む、地域課題を解決するコミュニティビジネス/地域課題に加えて社会全般や国際問題までを含む社会全般の課題解決事業であるソーシャルビジネスが全国で注目されています。 

 2015 年に150を超える加盟国首脳の参加のもと国連本部で採択された、『2030アジェンダ 持続可能な開発目標(SDGs)』のゴール11では「都市と人間の居住地を包摂的、安全、レジリエントかつ 持続可能にする」と定められており、住み続けられる持続可能なまちづくりの構築は世界共通の課題であると言えます。 本セミナーでは、復興/地域活性化と国際社会の課題解決を共に考え、地域のブランド化促進を目指す機会となることを目指します。

 

●特別ゲスト講演 報告

宮城県山元町 「ミガキイチゴ インドプロジェクト」

講師:渡辺 周 氏 GRAグループ 新規事業兼事業リーダー

宮城県山元町は、2011311日の東日本大震災によって人口の4%を津波で失いました。さらに、イチゴ栽培の盛んな地域のほとんどが海沿いということもあり、100軒以上のイチゴハウスの95%が流出しました。GRAはもともとNPOで活動をはじめました。代表である岩佐の出身地が山元町であり、震災の翌月から復興のためにボランティアで東京から通いはじめました。その半年後にはパイプハウスを建て、露地栽培でイチゴを栽培していた生産者に相談し、指導をいただいて、1年後にイチゴの収穫ができるようになりました。

ただし、イチゴ栽培は一人前になるまで1015年と時間を要し、復興を考えるとそれだけの時間をかけられないため、職人技とされる職人の暗黙視をITで再現しました。更に再現性を高めることによって、12年でイチゴ栽培を自立してやっていけるようになるという仕組みを構築しました。

 その後、NPOから農業に専念するために農業生産法人の活動を切り出し、株式会社として開始しました。NPOは山元町の発展のため、古民家を利用した民泊や婚活など、まちの活性化を行っています。

  

“ミガキイチゴ”は、ブランド名であって品種ではありません。イチゴの品種としては“とちおとめ”と“もういっこ”の2つです。その中から自社基準で品質の高いイチゴを選定し“ミガキイチゴ”としてのブランド化したものを出荷しています。

6次産業として形や出来が悪いイチゴから加工品を作っています。夏に収穫できないため、季節を問わず1年中売れるスパークリングワインなどの加工品を生み出し収入を安定化しました。国内では7つの農場で生産しており、生産量の7割が“ミガキイチゴ”で、3割が業務用としてケーキのデコレーション用やイチゴ狩り用などです。

 

農場を拡大していくときの問題点として、過疎化のため人がいない点があげられます。山元町も過疎化が進み、人口の25%以上が流出していて、現在、住民基本台帳上は12千人位ではありますが、住人は1万人を下回っているため、山元町以外からの雇用をしています。また、人手不足解消のために、インドからの技能実習生に働いてもらうことを計画しています。

私自身は、もともと民間会社でエンジニアをしており、途上国、特に農村エリアで雇用の創出をしてきました。現在も、日本の技術で何かに貢献できることをミッションに活動をしています。

世界最大の貧困を抱えるインドのムンバイでは、地方から中心部に仕事を求めて出てきてはみたもののうまくいかず、行き場がなくなった人が住むスラムが多くあります。地方では農業を中心とした生活で、豊かな暮らしにはほど遠い、つまり地方を良くしないことにはスラム問題の解消には至りません。

インドの貧困の定義として、1日平均250300円弱で暮らしている人が現在は2億人強ですが、インドの人口比率から考えると世界最大の貧困層を抱えています。インドで課題解決を成功させ、そのモデルを他国で展開することで、世界中の貧困問題の解決に貢献できるのではないかと考えています。

インドはリスクがあるが、マーケットとして今のうちに参入する価値があると判断しました。なぜなら、2050年には世界の3分の1の人口が中国とインドで占められるからです。また富裕層が増えているため、マーケットとしても伸びているからです。そこで、ムンバイから150q位離れた農村に、栽培ノウハウやイチゴのシステムパッケージを持ち込み、仕事の機会を創り、イチゴを富裕層に売って農村に資金を還元するという仕組みづくりに取り組みました。その際にJICAの制度(JICA 協力準備調査(BOP ビジネス連携促進))を活用しようと考えました。

JICAに応募した時は、有機野菜やトマトを栽培しようと思っていました。日本では、ハウス栽培で高く売れるのは、トマト、イチゴ、パプリカですが、インドではトマトは煮て食べるもので、単価も日本の10分の1以下でした。日本の技術やノウハウを持っていっても、味は勝てるが価格的には難しいということで、ビジネスが成り立ちそうな産品にシフトしました。


インド進出にかける想いとしては、次のとおりです。

@貧困という社会課題解決(日本及びGRAの農業技術でインドの農村の貧困問題を解決した
 い)。

 Aインド市場でのジャパンブランドを広めたい(世界のトップマーケットとなるインドでジャ
 パンブランドを広めたい)。

 B第一次産業で、東北の山元町から地域の資源として、グローバルレベルで戦える東北企業を創
 り、地域への刺激としたい。

 

インドに進出した当時MDG'sはあまり知られていませんでした。現在はSDG'sに変わり下記についてゴールを設定しています。SDGsのゴール「貧困をなくす(SDGs目標1)」、「女性の雇用(SDGs目標5)」については、ハウス栽培の担い手は女性が中心で快適な環境で働いています。

「働きがいのある人間らしい仕事ができるように(SDGs目標8)」については、インドでは厳しい環境で親子が働いていて、そうせざるを得ないというのが現状です。そうしたことも失くしていかなければということで目標に掲げています。

 また、「パートナーシップ(SDGs目標17))に関しては、日本ではJICAJETROに協力してもらい、インドではインド政府とインドのNGOICAインディア)。日本のNPONECなどの企業と連携しながらプロジェクトを行なっています。GRAだけでは何もできなかったということです。

 

震災の前から現地でパートナーを見つけようと、現地のNGO、大学や農家を回っていました。2011年に震災が起き、その後2年間は栽培実証を行いました。日本の苗が本当にインドで育つのか、イチゴは1年に1回しか収穫できないが“とちおとめ”はどれだけできるのか、苗以外は資材やハウスも日本から送り検証しました。その結果を踏まえ、次の2年は苗以外は現地で全て調達していきました。

現地のイチゴは見た目も味も悪く商品としての価値をつけるのは難しい。現地のパック入りのイチゴは、上の見える部分はきれいなイチゴですが、見えない下の部分のイチゴは、商品にはならないようなものでした。中国では日本のイチゴは美味しいと認知されていますが、インドでは認知度は低く、食べてみて初めて理解してもらうという時間が必要でした。また、美味しいものを作れば勝手に売れるというマーケットでもありませんでした。

イチゴを作りたい人には苗を作り、苗を売り、作り方のサポートをしています。また、先端農業の取り組みとしてのアグリテックを学びたい人へのサポートもしています。去年、契約農家のフランチャイズができ、まだまだ品質は劣ってはいますが現地のものに比べたら美味しいものができました。また、ネーミングを“ミガキイチゴ”から“イチゴベリー”に変更しました。日本の場合、桐箱などに入っていると高級品というイメージですが、インドの感覚では中身が見えないのはそもそも怪しいと思われてしまいます。また手作業で丁寧にパッケージされている商品は、日本では高級感が感じられますが、インドではそうではないなど、パッケージに対しての感覚の違いがありました。ハウスは現地の人が設計し、最初は作り方も指導しました。

 



 農民の方々には英語は通じないので、現地の
NGOを介して説明をしたり会話をしたりとコミュニケーションはとりますが、教えるということはしていません。指示、命令など、人のマネージメントは現地のNGOが、資金のマネージメントは私達がという役割分担をしています。

日本でも大企業やベンチャー、NPOと組んで事業を行う場合、雇用獲得や貧困解決という大きな意味のミッションがそもそも違うとかなり方向性が違ってしまいます。ミッションや方向性の擦り合わせが大事な中、インドの人たちとはやり方も考え方も違う中で、コミュニケーションを密に行っています。

時間があれば、ビジョンやミッションの共有を繰り返し行なっています。インドの場合だと、1度や2度では話が通じないことが多く、何度も繰り返し、ようやく理解するということがあります。パートナーを尊敬し、人種関係なく一緒のプロジェクトを行なっていくという基本姿勢で行なっていかないと、なかなか上手くはいきません。考えている方向性を文字ではなく絵に起こしていくなど、視覚で表し、理解促進に努めています。


●事例紹介(1)

宮城県丸森町「ザンビアとまるもりまちの技術協力から、地域づくり」

講師:石塚 武夫 氏 耕野振興会 プロジェクトマネージャー

                          

丸森町には8つの地区があり、耕野振興会とはひとつの地区の住民組織であります。公民館が廃止となり、町から助成金を受けて住民自治組織として活動しています。地区が抱える地域課題は地域の過疎により、徐々に活力を失ってしまい、閉塞感が漂うようになってしまったことです。

ただし、他と違っていることとして、「よそ者を受け入れる土壌がある」ことがあげられます。私も千葉県出身で20年前にIターンで耕野地区に移住しました。以前は200近い世帯に対して10世帯以上のTターン者が住み、地域の子どもも増えつつありました。しかし震災による原発事故のためTターン者も戻ってしまい、地域も被害の影響で活力を失ってしまいました。そこで、なんとかしなくてはならないと、地域の分析をはじめました。

 

地域での取り組みは、他の地域と同じことをやっていても、なかなか人を集めることは難しい。そこで、他の地域でやっていないことで地域活性化を考え、国際協力に取り組んでみることになりました。

国際協力といっても突飛でしたが、ちょうどTターン者の中に青年海外協力隊員としてアフリカに住んでいた人がいました。震災前に再びJICAの仕事でアフリカに赴任され、耕野地区の現状もアフリカの現状も知っている人でした。

耕野地区は戦後の何も物がない時代に、工夫しながら農業を切り開いていった背景があります。その心構えと技術が国際協力と直結しているのではないか。また、ザンビアの状況は戦後の日本の状況と似ていて、地域の年配の方が持っている技術や情報が活かせるのではないか、と考えからはじめました。

丸森町役場に協力を仰ぎ、JICAの草の根技術協力事業を利用し「丸森町の在来技術を活用した小規模農家の食糧の安定利用強化プロジェクト」として、耕野振興会が提案しプロジェクトを開始しました。

 

 

ザンビアの農業事務所の方が研修を受けに丸森町に来て、丸森町の人が専門家としてザンビアの農村部に行く。こちらから一方的に技術協力をするのではなくて、ザンビアからも人が来ます。耕野地区以外のまちづくりセンターなどが協力し、異分野と触れ合う事で双方に起こる、気づきや発見、再認識、学びがあります。

現地駐在員として1名派遣していますが、この方は耕野地区の方ではありません。プロジェクトとして採用されるためには、耕野振興会だけでは難しかったのですが、ザンビアで協力隊員として赴任し、任期が終わって日本に帰って来た方と知り合う機会がありました。彼らに耕野振興会の事業を手伝ってくれないかと声をかけ、協力してくれる人がみつかり今は現地駐在員として赴任しています。


 丸森町側としては、事業に取り組む事で他の地区との交流が増えました。もともと
8地区それぞれ独立心が高く、それぞれに祭りがあり、それはそれで丸森町の特徴としては楽しいことです。しかし、連携することも必要と考え、耕野地区のプロジェクトを他地区に紹介し、連携を持ちかけました。すると興味を示し、他の地区でも研修を行ったり、隣の地区で歓迎会を催したりすることになり、町内でいろんな人が行き来するようになりました。ザンビアと日本が交流していることを知った元協力隊員でザンビアに赴任していた方が、訪れてくれたこともありました。

ザンビア側では、農村部で農家の収入が向上し、生活改善に貢献、貧困の解消に役立っています。また、ザンビアの研修生の仕事に対する姿勢の変化が現れてきていることなどがあげられます。

丸森町側でも、気づきや新しい価値観を得られました。例えば、地域では会議をしようとすると男性しか集まりません。ザンビアから女性も研修生として来るということ自体が驚きであり、カルチャーショックでした。丸森町側で女性の参加を促すという事に、一石を投じるきっかけになりました。また、他の地区と事業に取り組むことで、よそ者の視点で地域の良さの再発見ができました。

 

地域づくりの一環で国際協力事業をはじめてから視野が広がり、刺激を受け、国際貢献に生きがいを感じる住民が増えはじめています。住民の思いを大事に育てながら、特色ある地域づくりに取り組んでいきたいと思います。

 

●事例報告(2)

島根県邑南町「地域発信の交際協力を目指して〜邑南町モデル」

講師:束村 由里 氏 (一社)コミュニティパートナーズ 職員

                 

1990年に公民館の職員や役場の職員、僧侶、農業者、農協職員などで国際協力のグループを立ち上げました。そこから1年に一度、数日から1年位の期間で研修生の受入などの交流、支援事業をずっと続けてきていました。

2013年から法人化し、町の仕事の委託事業を受けながら事業を展開しています。いろいろな形の国際協力がありましたが、特にアジア地域を中心に農業、保健、福祉など、研修員として邑南町に受け入れていろんな施設で研修をしていただきました。2013年以降は、(一財)自治体国際化協会の助成でおこなったベトナムの研修事業(平成25年度住民と行政が連携したエコツーリズム手法による地域振興計画の作成協力)、2016年から現在まで続くミャンマーの高齢者福祉人材育成です。JICAからの短期の研修教育で1週間位のコミュニティ人材育成や、ヨルダンからの農業研修の受入も行っています。

 

(一財)自治体国際化協会の事例は、ベトナムと国際交流活動をしていた頃から、現地のNGOからいろいろな課題を聞いていました。とある世界遺産がある大きな都市では、周辺の農家が衰退してきていて、若者が流出し、伝統工芸の継承ができないという課題がありました。邑南町として今までの経験から何かできるのではということで、町として受入れて、実務を私たちの団体で行いました。

実際には、地域の課題に対してどういうことが住民やNGO/NPOとしてできるかという視点から、町としては観光を通じて地域を元気にしていこうとしていることから、商工観光課に窓口になっていただきました。またベトナムと同様に、過疎化や高齢化、人口の流出など同じ課題を抱えていたので、そこで経験を共有しながら協力できればということで始まりました。

ベトナムからの研修員には、農家民泊や農家レストランを体験していただき、伝統工芸を見てもらいました。農家民泊はもともと広島県の子どもたちを教育旅行として受け入れたことからはじめましたが、外国人や留学生の受け入れもしており、その実態を理解してもらいました。


 高齢化率
100%の集落では、高齢者自身が地域振興をやっていこうと、郷土料理を作ったり、花桃を植える事業をしているのでその活動を見ていただきました。その時にベトナムの方からは、住民のおもてなしの気持ちが素晴らしく、普段のありのままの生活をみていただくことが素晴らしいことなんだということに気が付きました、という感想がありました。

また、ベトナムでは伝統工芸の継承が課題になる中、酒蔵を見学した際に「親世代がとても生きがいを持って仕事をしている。それを見て自分も継ぐことにした」という、若い世代の人達からの話を聞いて感動されていました。ベトナムでは農業は大変だから、子どもたちには継がせたくないという考えが主流で、そういう思いから子ども達も「もういいや」と出ていくという現象があります。生きがいと自分の仕事に誇りを持つことの大切さを実感したという意見もありました。

  

現在行っているミャンマーの高齢者福祉関係の取り組みでは、NGO職員の方の研修と行政官の研修をしています。邑南町からミャンマーの現地調査にも行っており、今年はその経験を活かして、現地で波及効果のあることができるよう、ワークショップやマニュアルづくりに取りかかっています。

これもミャンマーのNGOと私たちが交流し、いろんな課題があることを聞いて私たちが持っている地域資源をどのように活かせるかということから始め、たくさん資源があるけど気がついていない、自治体の活動であったり、集落の活動であったり、地域ぐるみで行う高齢者福祉ということが参考になるのではないかと思いました。上手くいっていることばかりだけではなく、失敗していることもあるので、そういうことも含めて見ていいただいて向こうで役立てるための研修をしました。特にミャンマー現地では保健関係では、課題がたくさんあるので、今年は保健師さんや栄養士さんや介護士さんを入れて指導する予定です。

 

ベトナムの例では、農家の方たちと行政の方たちに来ていただいたので、お互いに協力し連携しあうことの大切さや、農家の方も実際に意見を言っていいんだ、という気持ちになった進展が見えました。同じ政策をしていても地域のそれぞれニーズにあった取り組みがなされているとことに感動されて、ぜひやってみたいという意見が聞けました。

日本側も自分たちが実際にやっていることの意味に改めて気づくことがあり、学びがありました。自治体や地域を巻き込むことで、いろんな経緯を経て、成功も失敗もしながら技術を持った人材のような地域ならではの資源を活かせるということに、国際協力をすることで気づくことができています。

 

重要な点としては、地域にある資源、インフラ、福祉、観光、レストランなど、インフラ的なことも大事ですが、それを支えている自治会、地区、組合、法人など、そうした人々がつくるコミュニティが大事です。今現在あるもの、作ってきた歴史、背景にあるもの、それをしっかり分析する機会ができ、質のよい国際協力につながり得ることが、自治体と連携することのメリットと言えます。

 

 

途上国は遅れた国ではありません。たまたま制度が整っていないだけで、それ故にものすごく工夫をしています。それらを日本の人たちとシェアすることによって、たくさんのことを学ぶことができます。

出稼ぎ、過疎、高齢化、日本を含めてアジアの国々の共通の課題があります。これらの課題にどのように取り組んでいくか、どのような失敗をしたのか、相互に訪問し共有しあうことで課題の解決の糸口がみえるのではないかと思います。

日本とアジア、違いもあるけれども共通点もたくさんありますし、課題もよく似ています。共有しながらお互いに、解決につなげていけるのではないかと思います。


●事例報告(3)

佐賀県「ふるさと納税を活用したCSOとの連携・協働による持続可能な社会づくり」

講師:横尾 隆登 氏 (公財)佐賀未来創造基金 副理事長


佐賀未来創造基金についてですが、これはコミュニティファンド、県民の寄付を受け取ってNPOに助成する取り組みです。佐賀県では「CSOCivil Society Organization)」として、市民社会組織、NPOだけではなく地域のボランティア活動団体、自治会、PTAなど、NPOを「CSO」と呼称しています。

5年間の実績としては、企業などから約7千万円位の寄付をいただいています。寄付だけではなくて、gooddoや家のお宝をお金に換える、古本寄付、ジュースが1本10円、20円が寄付に回る仕組みをつくっています。その他、カンパイチャリティとしてみんなで乾杯したところで10円いただく、クラウドファンディングなど、やれるものは全て行っています。たまにやり過ぎじゃないかとお叱りをうけるが、やらなければ資金は集まりません。私たちがやれることはすべてやろうとこのような形で資金調達をやっています。クラウドファンディング「FAAVO佐賀を立ち上げて1年位になりますが、少し前の実績では6事業で182万円集めることができました。

 

県内の企業やNPO融資、クラウドファンディング「FAAVO佐賀」など、一つ動くにも活動費、運営費が必要になります。 その資金確保にむけ、私たちの活動しやすいような仕組みづくりをしようということで、今回は政策金融公庫と司法書士のパートナーの3団体で連携をしています。地銀の共栄銀行からは当初「CSR、企業の社会的責任を行いたいがどのようにやったらいいのかわからない」、「みなさんが課題と思っていることは何ですか」、というような相談事がありました。では一緒にクラウドファンディングをしませんかと提案するとともに、運営費などコスト面での支援もあわせて提案しました。

企業と連携する際には、企業のメリットもきちんと伝え、NPOと組むことでこういう成果がありますと、NPOに興味を持ってもらった上で連携を組みながら事業に持っていくようにしています。

 

もう一つ誇れる事業として、行政との「CSO提案型協働創出事業」があります。これは国連から公共サービス賞をいただきました。佐賀県の1,000程ある全事業の全部の情報を出していただいてみたところ、行政もNPOも同じことをやっていることがあるのが分かりました。私たちNPOはこういうツールがある、行政はこういうツールがある、どうせやるなら一緒にやりましょうというところから始まりました。NPO側も人、モノ、金の調達ができるようになりますし、行政も課題解決をしようとしているので、人がつながり、行政の資金などの資源がつながります。

 その結果、行政との距離が近くなり、私たちもいろんなことを提案させてもらいました。その中で生まれてきたものが、「NPONGO誘致」や「佐賀県ふるさと納税NPO支援」という仕組みです。佐賀県で参加している団体が27団体あり、これまで2億4千万円の寄付を全国の方からいただきました。

私たちはふるさと納税を活用した資金の使い道をきちんと報告し、説明をしながら、ふるさと納税に取り組んでいます。全国の方から寄付がふるさと納税として佐賀県に入り、寄付金の5%は佐賀県の手数料とし、全体額の95%を交付し、それを資金にして課題解決に取り組んでいます。

 

佐賀県は、第一次産業の県で、若手の就農率が全国より10%位高く若手の生産農家がいっぱいいます。今から地域を20年、30年守っていくのは、今の20代、30代、40代の農業者が地域を支えることになります。この世代がもっと元気になって、地域に根差した活動をしないと地域は生き残れないのです。

そこで、現場の若手の生産農家をスターにすることを目指し、ふるさと納税をいかして「SAGA食べる通信」をソーシャルビジネスで始めるということを政策金融公庫に提案し、見事500万円の融資を受けてNPOを立ち上げることができました。

当初、NPOは本当にお金を返済できるのか、というのが政策金融公庫の悩みでした。そこで3ヶ月間資金を、会計のサポート分もあわせてシミュレーションをやることで、どういうお金の使い方をした方がいいかを考える機会になりました。そして返済計画をつくり、事業報告をし、その先まで繋げていくことができました。このような政策金融公庫とのやりとりがあったからこそ、現在毎月返していけています。私たちが2例目ですので、3例目のNPOが同公庫から融資を受けて、ソーシャルビジネスとして起業する形をつくりたいと思っています。

 

最後にNPONGO誘致ですが、「一人ひとりではもう解決できない、みんなで連携しながら課題解決していく仕組みをつくりたい」ということから始まりました。企業誘致をまねて、全国から優秀な団体に佐賀に来てもらおうと、そのメリットとして、ふるさと納税や融資もあり、資金調達ができることをアピールしています。

私たちも一緒にスキルアップし、さまざまな団体のミッションを叶えていく近道を提供できたらと思い、取り組んでいます。今は5団体ですが、将来的に15団体位来てくれたらと思っています。来ていただくことで、佐賀に雇用を生み、それだけNPOの人間も増え、私たちの活力にもなっています。地元の私たちも負けたくないし、全国で優秀な団体が来ているので、そこから学ぶものも大きく、この仕組みは真似できるものと思っています。


たとえば、熊本地震の際にプロフェッショナルな団体が現地に初動で入り、そこで今本当に何が必要とされているかを教えていただいてから現地へ物資を提供することができました。きちんと連携が取れていることが重要です。ボランティアだけでは行っても何もできないし、何をしたらいいかわからない。まだボランティアセンターができていない状況でも、プロフェッショナルな団体がいることで、私たちの初動が早くとれました。

また、佐賀県内でNGOのネットワークができ、隔月で勉強会を開催しています。

最初は不安もありました。会員を取られてしまうのではないか、団体が飲み込まれてしまうのではないかなどです。何度も話し合うことで誤解も解け、一緒につながれば、解決にむけて面白いことができることがわかりました。

12団体が連携を組んで、ネットワークができたことが一番の大きな成果です。アジアンパシフィックアライアンス・ジャパンが今回来てくれたことで、熊本支援もそうでしたが、災害時に人の派遣や調整など、役割分担ができたことが良かったと思っています。県内に移った団体の職員が、佐賀にいることで家族とかかわる時間が増えたといっていただけたことも、私たちがこういう活動をやってきてよかったと思う一例です。

 

NPO融資をつくる仕組みを地銀や政策金融公庫と勉強会を行い、相談対応しながら、NPO融資への近道をつくっていきました。互いのつながりもできるし、こういう活動そのものが佐賀県の発信力にもなっています。これからも連携を強めていけるようにしたいと思っています。


●質疑応答

石塚さんへ

Q1.

よそ者を受け入れる土壌というのはどういったことでしょうか。事業実施による効果、数値での効果はでているのでしょうか。例えば人口の増加、収入の増加など教えてください。

A1.

私より古い、40年位前に、東京から耕野地区に移住した方がいます。当時はよそ者が何しに来たんだ、という雰囲気だったと思います。地域に溶け込んで農業をされたその方の相当な努力があったからではないかと思っています。そういう先人がいたから私もすんなり耕野地区に住めて溶け込むことができ、移住者が増えていったと思っています。

 効果ですが、人口増加はなかなかすぐには進みませんが、今年の1月から1人移住して、私の養蜂業の仕事を手伝っている方がいます。宮城県出身の青年海外協力隊員でザンビアに2年間赴任中、養蜂業に関わっていた関係もあり、帰ってきた後に丸森町に移住して、このプロジェクトに協力してもらっています。

 

束村さんへ

Q2.

役場をどう動かし、本気にさせるのか。そのあたりは、町長の方針次第なのかなど、教えてください。

A2.

町長の力は確かに大きく、町長の方針で決まる一面はあると思います。邑南町は福祉のまちと昔から言われて、それが強みです。それから自然を活かした観光も農業も進めていきたいという、町が強みとして伸ばしていきたい分野に関すること、そこをテーマとした国際協力をやっているので、そういうことなら自分たちにもメリットがあるということを理解していただいて、進んでいるように思います。全く関係のないテーマでは関わりにくいのではないでしょうか。

 

Q3.

人口減少に直面する地域において、海外に目を向け国際交流で地域づくりにつなげたいのが目的と理解し、また様々な側面に着目した活動をされているようですが、国際協力で町そのものにどのような利点があったか、また経済的な効果、問題解消となった例など具体的に説明していただきたいです。

A3.

人口を増やすことを目的に国際協力をしたわけではないです。国際協力や国際交流という、外からの人を受け入れる素地はあり、交流によって学ぼうとする素地も以前からあったと思います。たまたま外国の人が出入りする交流が生まれ、活気があると見られて、人や大学生がやってくるなど、いろんな波及効果が出ているのだと思います。  

経済的な効果は、国際交流や協力をきっかけに、それとつながる形で海外からのお客様を呼ぶようなことを計画しています。いわゆるインバウンドです。そうすると、農家民泊での収入などが増えてくることはあるかもしれません。


横尾さんへ

Q4.

全国からNPOを誘致しているとのことですが、ビックネームの団体が佐賀に拠点を移すメリットとは何でしょうか。

A4.

たまたま巷で言われるビックネームの団体さんが佐賀に来たというだけであって、いろんな人が佐賀に来て、起業をしやすい環境をつくっていきたいと思い、CSO・NPOの誘致をやっています。

来ていただいた団体からは、資金調達でのメリットがあげられます。いろんな補助制度も佐賀県では用意しています。誘致で来られる時の人件費、事務所経費、固定費の補助、制度や補助金も用意しています。先ほど説明させていただいたCSO提案型協働創出事業や行政だけがやるサービスではなく、NPOと一緒にサービスを提供したり、課題の解決をしていきますと、団体の活動の幅が広がります。自分たちだけで解決するのではなく、行政や企業と一緒に課題を解決できる仕組みづくりを、佐賀県は用意しているということだと思います。

ふるさと納税を利用した資金調達ができる、これが一番の大看板だと思います。私の法人も前年度は約3千万を超える寄付をいただいて、それを予算として、課題解決のために利用させていただいています。その中で使途をしっかりと報告するのが私たちの決め事で、透明性をきちんと確保しながら、ふるさと納税を活用していくことも大切です。

 

渡辺さんへ

Q5.

インドおよび海外進出にあたって、失敗した出来事があれば、可能な限り紹介してください。解決にむけたエピソードなどもあれば聞きたいです。

A5.

失敗の定義にもよりますが、ほとんど失敗といえば失敗、思った通りにはいかないことばかりです。

事業をやっていくにあたって、現地と日本国内間でのコミュニケーションをしっかりと取らないといけない。インド、つまりは遠い国でやっていると、そこにいない日本国内にいる会社の人たちは、ほとんど自分事として理解できないので、どうしてもサポートとかコミュニケーションが荒くなって、「なんで向こうは理解できないんだ」となっていきます。これは国際開発の世界でも製造業でもなんでもそうですけれど、離れた場所にいるとどうしても気持ちが入りづらくなるので、巻込んで仲間にしていくというのがとても重要です。

失敗というよりは、現場でおきる問題として、大きくはお金、コミュニケーション、品質があると思います。日本人とのコミュニケーションのやり方と、向こうの人たちのコミュニケーションのやり方は違います。何回やっても伝わらないとか、考え方そのものが違うことはあります。農村の方へ行くと、例えば、結婚前にデートするなんてあり得ない、そのような文化を持たない自分たちだと、女の子と気軽に話すことにも注意が必要で、結果コミュニケーションは密にとるように心がけています。

お金は契約事項をちゃんとすることが重要です。企業体がしっかりしてくると契約を事前に結ぶことは当たり前で、口頭発注なんてできないコンプライアンスがありますが、ベンチャーだとなかなかそうもいかない場合が多いです。取るべきは、お金が入るまでは一歩も動かない、という強いスタンスで、日本では親切心でやってしまうけれども、それは不要。特に農業の場合、苗などは、物流が止まってもどんどん育ってしまうので、契約はしっかりしなければいけません。インドは契約書の文化があるので、契約が守られないことは多くはないですが、契約書自体を反故にすることはあるので気をつけています。

品質のことですが、ハウスを建てる際の手順や考え方が日本とは違う。日本では整地してその上に基礎を打ってハウスを建てて、中にベンチを置く。インドの場合は、整地の段階で左右の高さが合わないことがあります。それをいうと、ベンチの高さやハウスの高さで調整すればいいじゃないかと言われてしまいます。図面がないまま作業を始めることもあるので、こちらで図面を書いたこともあります。そのような中、日本の品質レベルを一方的に求めるのではなく、なんとか現地の品質を上げていこうと考え、今は合わせていくようにしている状況です。何事にも怒らない寛大な心を持ちながら、常にリラックスした感じで対応するのが一番の対策です。

 

Q.

ITを活用した栽培と聞くと人手をかけない印象を持ちますが、大きな雇用は生まれるのでしょうか。スラムの解決につながっていますか? 山元町ではいかがでしょうか。

A.

自動化やロボット化はもちろんITは絡みますが、それは機械化です。それは雇用を生まないということではなく、人が対応しなくて良いようにする方向であって、IT化=人がいらないということではないです。日本では、穀物や露地栽培は自動化されていて、GPSを使えばコンバインに人が乗らなくても動くことができます。しかし、インドでの施設栽培はハウスの中で機械だけが動くのは難しいですし、最終的には、機械の費用と人の費用とどちらが安いかで、人件費の方が安ければ人を使うということです。なるべく本当は機械化したいですがそれが難しい。

IT化は何をしているかというと、意思決定をサポートしています。例えば、ハウスの温度とか湿度が見えて、それに対して窓を開けるのか、閉めるのか、霧を吹くのか、暖房をつけるのか、空調をまわすのかとか、いろんな判断と動きをする際のサポートです。

意思決定とは、イチゴの成長のために何をしなければならないかという示唆を与えることであり、判断に必要な経験を補うためのツールとしてITを活用しています。雇用が減ることはないです。ITが農家の意思決定をサポートし、彼らが知識を習得するのを早めるために私たちは使っています。



【第二部】

●パネルディスカッション

モデレーター:青木ユカリ 特定非営利活動法人せんだい・みやぎNPOセンター常務理事・事務局長

 

まずは、連携先や専門家のとの関係づくり、プロジェクトを進めていく上でのエピソードなどをお聞きします。

 


渡辺氏:他の団体との連携としては、インドでは日本の
NPOや現地のNGOと、主に女性や農村への教育の部分で組んでいます。農業の支援以前にお金を稼ぐということはどういうことかや、ハウスに入る時は手を洗いましょうなどの研修後に、農業自体の教育を行っています。現地の政府とのやりとりなど契約や現地の慣習が絡むことなので、もともとインドの国連機関で働いていた知り合いのコンサルタントに頼みました。アポイントの取り方から、どういう場所でどういう挨拶をするなども含めて圧倒的に知識が違いますし、交渉の中身の進め方など日本とは全く違うやり方で非常に助かりました。

税制が大きく変わって、ものすごく複雑だったことが1つの税制にまとめられて楽になった面があれば、インターネットや携帯の普及は圧倒的なのでそれを使った支払い方法に戸惑うこともあります。現地ではアプリや携帯はすごく普及しているので、いつの間にか変わっていて、おいていかれた、ということがありました。また去年は、急に高額紙幣が使えなくなったことがあり、出張でたまたま多めにキャッシュに変えていたらゴミになってしまいました。

 

石塚氏:耕野振興会という住民自治組織では、普通はJICAの事業を採ろうなどという発想は生まれないと思います。そこには助言してくれた方、丸森町にIターンで住んで、アフリカに専門家として行った方で、「ザンビアの人はおもしろいんだよ」とか、耕野地区に人を連れて遊びにくるだけなんですけど、そうした中で人間関係がつくれて進んでいったところがありました。一生懸命やろうよとか、頑張らなきゃとかではなく、「楽しい地域が、もっと楽しくなるよ」と言ってくれたその言葉によって進んでいったような気がします。

 

地元の変化は?

束村氏:海外とは習慣も文化も違うので、特に今やっているミャンマーは政府が民主化しているとはいえ、現場の活動はとても込み入った形になります。個人としては皆さんいい人ですが、村に入るときはお目付け役がつくということになります。今回連携した現地のNGOは国際NGOで高齢者介護を専門にやっている団体。とてもよく勉強していらっしゃって、アジアの共通の課題を理解しようと研修を受けています。下手をすると日本の福祉の人たちが知らないようなことまで知っているような集団で、そういう方たちが村で高齢者の自助グループをつくることに力を注いでおられて、私たちともすごくいい連携ができています。ミャンマー政府ともいい連携ができていて、その結果現場での変化を生み出すよいプロジェクトになっていると思います。

 

 

自治体の変化は?

横尾氏:ロビー活動をしっかりやっています。議員さんたちが行政の仕組みをつくっているわけで、その方たちにNPO側がしていることを伝えています。議員さんたちと勉強会をすると議会の中で関連する質問がでてくるようになり、役所の担当課にいい緊張感が現れる。そうなると担当の人が話を聞いてくれるようになりました。提案して行政と仕組みをつくっていく中で毎回うまくいくわけではないですが、中身のある施策をつくることができていると感じています。「NPOって面白いよね」って、言葉がでれば、耳を傾けてくれればと思っている。

 

渡辺氏:農業という経済活動をやっているので、役場とは頻繁にやり取りがあります。土地を借りているので、農業委員会、地権者、JAなどとは、山元町出身の人たちが業務として折衝やコミュニケーションをとっています。GRAはもともと農家ではありません。来た時はいきなり巨大ハウスを作ってサティアンみたいで何をやってるんだとしばらくは警戒されました。今では溶け込んで一緒にやっていますが、はじめは異質だと思われていた。そこは積極的に町に入っていったことで解決できました。

 

持続可能な地域づくり、地域の人財や担い手は?

石塚氏:研修やホームステイを受け入れる際、地域の人と話してしているうちに、どこどこの人ができるようだとか、フィリピンからお嫁さんにきている人がいて、などと意外とネットワークがあることがわかりました。実は地元に協力してくれる人材は見えていないだけで、結構丸森町にいたんだ、ということです。そういう掘り起こしが丸森町というか私自身も、事業をやっている皆の中にも、足りない部分だとわかりました。

いままでも声をかけていなかったわけではありませんでした。必要な人に必要な声が届くようにして、相手からリアクションをしてもらう。丸森町では結構大変といえば大変ですが、少しずつできていったらいいかなと思っています。

相談にのってくれる方は今まで活動の中で多くの出会いがありました。等身大でみんなとコミュニケーションを取りながら、町とザンビアの声を大切にしながら取り組んでいきたいと思っています。

 

束村氏:石塚さんが仰ったように、町には見えていなかった人材がたくさんあると思います。それを掘り起こすためにも情報を発信していきたい。今やっていることを地道に伝えていき、それに対していろんな人の視野が広がれば、私たちも嬉しいし、興味を持った方が集まってくれればまた輪も広まって、いろんな形の協力ができるようになります。町では生徒、児童に対して、世界でも羽ばたける人材として子どもたちを育てようと打ち出しています。必ずしも世界へ行け、海外へ出ろということではなくて、それぐらい広い視野を持って育てたい、育っていきなさいというメッセージです。身の丈で、一歩一歩、地道に進めて裾野を広げる。子どものころから視野を外に向けて、そしてそれが国内にも向くように育てることができれば、長期的には国際協力が成功したと言えるのではないでしょうか。

 

 

横尾氏:NPOの担い手として考えられるのは、地域おこし協力隊の方々です。今年度佐賀未来創造基金としては、いろんな地域から佐賀に来ていらっしゃる6名の相談相手となってサポートをすることを始めました。彼らが起業して、ソーシャルビジネスをはじめて社会の課題を解決していくよう、佐賀県は融資の制度もあり、ふるさと納税の制度もあり、起業しやすい環境をつくっています。

佐賀県は以前から、青年海外協力隊の方々や地域おこし協力隊の方など、県庁の社会枠として県庁の職員として迎えるということを5年位前からやっています。実績も増えており、彼らと日頃から話すことが、私たちのアイデアにもつながっています。実は彼らから「地域おこし協力隊をもっと応援せんとだめだよ」といわれました。実際、現場では地域おこし協力隊の人たちは、ひとりぼっちのケースが多く、相談相手も話し相手もなく、志半ばで辞めていく人を何人も見てきました。せっかく思いがあって佐賀に来てもらって、佐賀を良くしたいと思い、定住してみようという思いで来ていただいているのであれば、まずは相談相手になって、いろんなことを言い合える環境をつくれればいいなと思っています。






 

 

 

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